• トップページ
  • ソリューションメニュー
  • 彩プロダクツとは
  • 採用情報
  • 個人情報保護方針

info@saiseki.net


平林寺 大河内松平家廟所文化財修復工事

平林寺 大河内松平家廟所修復工事

今から約600年前、岩槻(埼玉県)に岩槻城主太田道真(道灌の父)が創建しました。その後、江戸前期に川越城主、松平信綱・輝綱父子によって現在の埼玉県新座市野火止の地に移され、大河内松平家歴代の廟所となりました。一寺に一大名の墓がこれだけ残っているのは、全国でもあまり例がありません。
こうした中、お墓や柵の多くが1923年(大正12年)の関東大震災で倒れ、仮修復されただけで今日まで至りました。長い歳月で再び倒れる可能性もある柵などが出てきたため、修復工事と通路などの整備を進めることになりました。

川越藩政においても武蔵野新田開発や野火止用水の開削など多くの功績を残した信綱。 新座市の「宝」として、歴史を損なわず、墓石・外柵など、大切に補修・修復工事を行いました。

松平信綱は、徳川家光・家綱の二代にわたって老中をつとめた江戸時代の大名です。父は大河内久綱。叔父である松平正綱の養子となり、松平姓を称し、幼少の頃より才知に富み、官職から「知恵伊豆」と称され、島原の乱鎮圧や明暦の大火後の江戸復興などで活躍した、家光・家綱時代を支えた名老中でした。

お墓は、向かって左の五輪塔が信綱、右が正室の五輪塔です。いずれも、高さ2メートルはある堂々とした本小松の五輪塔で、県の史跡に指定されています。

2基礎

外柵、灯籠、内柵、五輪塔などを細かく順番付けし、各箇所ごとに写真と図面で記録を残し、撤去する。砕石を引き上から天圧かけ、鉄筋を配筋して、通常の2倍の厚みでコンクリートを打つ。

2外柵

基礎工事後に写真と元図で確認を取りながら元の位置に据え付ける。ダボを入れ補強し、駒寄せ仕上げにて組み立てる。

3参道

既存の石を使用し、できるかぎり凹凸のでない状態で仕上げる。

4階段・門

ゆがみ、ひずみが有った物を調整し元に据える。門は扉の開閉を調整し、ぐらつきを無くし、門柱は強度を強くする為下部をコンクリートで補強する。

5五輪塔

下段まで撤去し基礎を打ち直して正確な位置に水平などを注意しながら改めて、据え直す。